虫に鳥にも

読んだものと日々の記録。

忘却と喪失

 

 大伯母はおそらく90代半ばくらいで、数年前に旦那さんが亡くなり、子どももいない。しばらくはそのまま1人暮らしをしていたが、認知症が進んだために生活能力もなく、いまはグループホームで暮らしている。子どものときにたびたび会いにいったので、私のことは名前を言えば思い出してくれるが、昔の記憶は思い出せても、新しい記憶は定着しない。今はどこに住んでいるかとか、大学生なのか、働いているのか、結婚はしたのか……。そういう話を何回も繰り返すことになる。

 グループホームでの暮らしも5年になり、はじめは暴言を吐くこともあったようだが、今では昔のように穏やかになった。長年住んでいた家のことは忘れてしまったのか、帰りたいだとか、家から何かを持ってきたいと言うこともない。亡くなった旦那さんの話さえ口にのぼらない。母はそれをさして「執着がない」と不思議がったが、私には諦めた姿のようにみえる。自発的なものではなく、心を守る最後の防衛としての仕組みとして。自力では家に帰ることも、買い物にいくこともできない、自分がどこにいるかもよくわかっていないような人の中に、長年ともにしてきた夫や家、家財道具への執着が残っていたら、どうして平静に生きていけるだろう。

 

 その大伯母がかつて暮らしていた家を、片づけることになった。大叔父が時々換気してくれていたとはいえ、5年ほど放置されていた家である。手袋、マスク、花粉用メガネ、使い捨ててもよい靴下、古いタオル、ごみ袋などを取りそろえて、かなりの心構えで訪ねたが、状態は予想を上回ってひどかった。しかし、そのひどさは、たった1点の問題に集約できた。つまり、同じものが大量にある。 

  調味料や鍋、食器、ティッシュ、洗剤、タオル、新品の下着、携帯用のソーイングセット、マッチなどは特に顕著だった。しかし、それ以外でも、あらゆるものが複数個あるように思えた。

 台所の流しに何十本もの醤油や酢を流しこみながら、何度かえずいた。テーブルに「ロイヤルゼリー」と書かれたサプリを積み上げ、3万5000円と書かれたその領収書の束をゴミ袋に投げ入れた。しまい込まれた鍋は一つ一つが白いビニール袋に包まれていて、それが一層手間を増やしたが、軽く引っ張れば破くことができた。

 物の置き場所に窮すると、物を捨てずに、棚のほうを増やしてきたようだ。棚の奥に棚があり、棚と棚の間に木の板を釘付けて棚にしている。からにした棚を庭に運び込んでは、解体していった。

 冷蔵庫の中はかろうじて片づけられていたが、かびた食パンや、水の入った鍋、ごみ袋が腐食して床にできた大きな染み、洗濯機に入ったままの衣類を見るにつけ、もしかして大伯母は拉致されたのだろうかと考えた。もちろんそんなことはなく、大伯母がグループホームに入った後も、後見人となった伯母が何度か来たはずだ。今回、この作業に参加していない伯母に対して、多少の恨み言をつぶやかずにはいられなかった。

 

 過剰な買い置きは認知症高齢者にはよくあることだと思うが、何十年もの生活のなかで買いためてきたものを、大伯母は二度と見ることも思い出すこともなく、こうして身内が片端から捨てていくというのは、90年以上の人生の行きつく先としてあまりに虚しい。この虚しい作業を5人で4、5日かけて続けたが、できることなら家ごと燃やしてしまいたかった。