虫に鳥にも

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能楽「大会」感想

 

 二条城で能楽を観てきた。あいにく寒の戻りで春の陽気が遠く、せっかく二条城に来たけれども桜はまだ咲き初めだった。二の丸御殿台所が能楽堂代わりだったのだが、蔵のような建物でずいぶん足先が冷えた。

 能を観るのは初めてだ。本格的な能楽ではなく、中央で短い演目を行いながら、脇の画面にCGで情景を重ねて映し出すという試みである。この日は「大会(だいえ)」という30分程度の演目が上演された。正直なところ、CG技術(バーチャル・スタジオ・システム)はいまいちだったが(別画面でCGを重ねるぐらいなら、プロジェクションマッピングやAR並に舞台に投影させてほしい)、この「大会」そのものはおもしろかった。

 あらすじはこうだ。

 命を助けてもらった天狗がお礼に何でも望みをかなえましょうと言ってお坊さんの前に現れます。欲のないお坊さんは何もいらないと答えます。しかし、天狗がどうしても恩返しをさせてほしいと言うので、お坊さんはインドの霊鷲山(りょうじゅせん)で昔に行われたお釈迦様の説法大会(だいえ)を見てみたいと言います。天狗は「お安いご用」と安請合いしてしまいますが、一つだけお坊さんに念を押します。それは「お釈迦様の姿を見て決して信心をおこして拝んだりしないように」ということでした。さて、天狗の恩返しはうまくいくのでしょうか。

 *伝統芸能 × 新技術 能楽「大会」〜天狗の恩がえし〜 | KYOTO STEAM ―世界文化交流祭―

 上演の前に能楽者の丁寧な解説があって、その内容を付け加えると、「命を助けてもらった」というのは、トンビに化けて悪さをしていた天狗が町人につかまり殺されそうになったところを、通りがかりのお坊さんが止めた、という顚末らしい。

 結局、天狗による説法大会の再現があまりに神々しいために、お坊さんはお釈迦さま(の姿をした天狗)を拝んでしまう。はからずも天狗はお坊さんを騙して信心をおこさせたことになるので、帝釈天が現われて天狗をこらしめてしまう、というストーリーだ。天狗にとっては踏んだり蹴ったりだが、シンプルで面白い物語だと思う。

 解説の中で興味深かったのは、能楽では舞台セットを組まないが、例外として一つだけ象徴的な道具(作り物)を置くというものだ。西洋の宗教画にあるアトリビュート的なものだと感じたが、「作り物」の場合は人物よりも場所を象徴しているようだ。この「大会」では、舞台がお寺であることを示す何かが舞台中央に置かれていたのだが、それが何なのかはよく分からなかった。お釈迦様がそれを背にして説法をしていたので、椅子なのかな、あれは…。

 能と言えば、ゆったりとした、ともすればじれったいくらい動作が遅いイメージがある。実際、ワキ役のお坊さんはほとんど微動だにしなかったし、シテ役の天狗の登場シーンも非常に重々しい。動きの少ない場面は絵画的だとすら思う。しかし、場面によって激しく緩急があり、特に天狗が一時的に退場するシーンと、帝釈天が現われて天狗たちが逃げ惑うシーンには圧倒されてしまった。あ~ここが山場なんだな~というのが分かりやすい。あまりにお囃子が荒ぶるのでびっくりした。そういえば『花よりも花の如く』(成田美名子)のけんちゃんも、そんな感じのことを言っていた気がする。

 能の難しさの問題は、動きやストーリーではなく言葉の難解さだ。普通に発声してもらえればおおよそ理解できると思うのだが、独特の節回しがあるのでそもそも聞き取れない。会話の場面や間狂言はともかく、独白の場面は本当に何を言っているのか分からない。その何を言っているのか分からない部分に、今回、CGで再現されていたような状況設定が語られているのだと思う。率直にいえばCGより字幕のほうが欲しかった。