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井田良・太田達也編『いま死刑制度を考える』 その3 死刑適用基準

 

(5)日本の死刑適用基準――第4章:原田國男

 

■永山事件基準 

 本章では、日本において死刑適用基準となっている「永山事件基準」について説明がなされています。永山事件基準とは、1968(昭和43)年に、当時19歳であった永山則夫が2名のタクシー運転手と2名の警備員を拳銃で射殺した事件の、第一次上告審判決において提示されたものです*1

  1. 犯行の罪質・動機
  2. 態様ことに殺害方法の執拗性・残虐性
  3. 結果の重大性ことに殺害された被害者の数
  4. 遺族の被害感情
  5. 社会的影響
  6. 犯人の年齢
  7. 前科
  8. 犯行後の情状
  9. 一般予防

 さらに著者は、永山事件基準に明示されていないものとして、「性格・経歴・環境」「事実認定に対する一抹の不安」「余罪」の観点からも検討を加えています。

 

■被害者の数

 死亡被害者が多いほど死刑が宣告されやすい、というのは想像がつきますが、死亡被害者が1名だからといって、死刑の選択が必ずしも避けられるわけではありません。永山事件以前も、無期懲役の仮釈放中の殺人、保険金目的殺人、身代金目的殺人などには厳しい判決が下されたようです。

最近公表された司法研究*2によれば、調査対象事件346件のうち、死亡被害者1名の殺人事件が48件あり、うち18名(38パーセント)について死刑が宣告されている。……死亡被害者3名以上の強盗事件は、調査対象事件のうち、21件あり、すべて死刑が宣告されている。(67頁)

 

■遺族の被害感情

 被害感情については、その1、その2でも触れてきました。どの程度これを重視するかは人それぞれですが、 著者の経験では、死刑判断については、以下の順番で基準が重視されるようです。

 死刑判断については、被害者の数が第1である。次いで、犯行の動機、犯行の手段・方法等の犯罪自体の客観的な要素が重視される。そして、第3ランクとして、被害者遺族の被害感情、反省の程度等が考慮される。(81頁)

  著者はここで、遺族の気持ちを酌むことの必要に触れながらも、決定的な要素ではないと述べています。

遺族の被害感情が強ければ、死刑、そうでなければ、無期というのが公平であるとはどうしても思えないからである。(82頁)*3

 

 こうした観点は、あまり考えてみたことがなく、なるほど、と考えさせるものがあります。少し論点が異なりますが、 個人的には、死刑制度の問題のひとつに、被害者遺族が死刑執行の回避を望んだとしても、それが反映されないことがあると思っています(かといって、そうそう反映されてしまうような制度だと、例えば被害者遺族が死刑囚の遺族や世論から脅迫されるなどの危険にさらされる可能性が考えられます)。しかし確かに、遺族のあるなし、あるいは、被害感情の強弱で、殺人犯といえども人の生死が左右されるというのは不公平かもしれません。

 

*1:最判昭和58年7月8日刑集37巻6号609頁。以下、裁判要旨。

「一 死刑制度を存置する現行法制の下では、犯行の罪質、動機、態様ことに殺害の手段方法の執拗性・残虐性、結果の重大性ことに殺害された被害者の数、遺族の被害感情、社会的影響、犯人の年齢、前科、犯行後の情状等各般の情状を併せ考察したとき、その罪責が誠に重大であつて、罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむをえないと認められる場合には、死刑の選択も許される。

二 先の犯行の発覚をおそれ、あるいは金品の強取するため、残虐、執拗あるいは冷酷な方法で、次々に四人を射殺し、遺族の被害感情も深刻である等の不利な情状(判文参照)のある本件においては、犯行時の年齢(一九歳余)、不遇な生育歴、犯行後の獄中結婚、被害の一部弁償等の有利な情状を考慮しても、第一審の死刑判決を破棄して被告人を無期懲役に処した原判決は、甚だしく刑の量定を誤つたものとして破棄を免れない。」

*2:井田良ほか『裁判員裁判における量刑評議の在り方について』(法曹会、2012年)。

*3:「同じことを行っても、遺族がいる場合といない場合で、死刑か無期かが分かれるのは、不公平ではないかという疑問も指摘されている」(68頁)。