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井田良・太田達也編『いま死刑制度を考える』 その1 「制度」を「考える」

いま死刑制度を考える

△井田良・太田達也編『いま死刑制度を考える』(慶應義塾大学出版会、2014年)*1

 

(1)はじめに

 

 私が卒論を書くときに、この本があればな……と思いました。死刑に関する本って、たいていは存置論か、廃止論か、どちらかの立場で書かれます。それは良いとしても、けっこう極端というか、対立側への反論は書くけれども、汲み取ったとまではいえない内容が多いように思います(ただの印象ですが)。

 本書のシンプルなタイトルには、この本のスタンスがあらわれています。「死刑」ではなく、「死刑制度」を「考える」ということ。「はしがき」の中でも、静かな文体で非常に熱い意志が語られます。特にシビれる部分を以下に引用しました。

 

 議論の相手から相互に何かを学び合い、議論の終わった後には議論を始める前よりもお互いが賢くなっているときにはじめて、これを建設的・生産的な議論と呼ぶことができよう。それぞれの陣営が、自分の立場を最初から固定した上で、ただ自分の思うところを論的にぶつけ合うだけというのでは、議論の意味はない。(ⅰ頁)

 

 本書が意図するところは、広範囲の方々に、日本の死刑制度の今後のあり方をめぐる議論に関心をもっていただき、死刑存置論に与する人も、また死刑廃止論を支持する人も、さらに自分の立場をまだ決めかねている人も、それぞれに自分の意識を深めることのできる知見を提供することにある。(ⅱ頁)

 

 表紙や執筆陣を見ると、小難しそうな、学術的な本という感じがしますが、中身は割合わかりやすい文体です。でも小難しいです(笑) 関係者や有識者の建設的な議論を促すとともに、一般の関心をも獲得しようとしたものではないかと推察するのですが、感情ではなく理性に訴えかけようとするものなので、すごく良い本だと思うんですけれど、ひっそりとした佇まいなのは否めません。

 

(2)日本人の死生観・刑罰観――序章:井田良

 

 序章では、本書に収められている各論稿の案内と、死刑制度をめぐる論点・動向に関しての整理が主な内容です。序章らしくまとまりのある部分ですが、補足的に、日本人の死生観や刑罰観についても触れられています。

 

 世界的にみても少数派である死刑制度が日本で受容されている背景*2に、日本人特有の死生観・刑罰観がある、というのは自然な考えです。

 生命よりも高潔さを選ぶ「武士道」の思想は、武士道という言葉を必要としないレベルで、日本人の中に根付いているようにも思えます。「罪(恥)を、自らの死をもって贖う(清算する)」という感覚です。

 

 ……日本では、毎年3万件前後の自殺が行われる。そのうちの相当部分は人生に悲観し、希望をもてずに死を選ぶのであろうが、家族・親族や会社組織や近隣社会との関係での自分の罪ないし恥について、死をもって許しを請う(「死んでお詫びをする」)という形の自殺も相当数含まれることが推察される。(26頁)

 

 こうした感覚が、日本において死刑が受け入れられている理由のひとつであると考えられますが、本書ではもう一歩進んで、次のように述べられています。

 

 ……しかし、ここにおける本質的な問題は、日本において死刑制度が受け入れられている理由を日本人独特の死生観・刑罰観により説明ないし理解することが可能であり、そのことに一定の説得力があるとしても、これにより死刑制度そのものを正当化できるものではないということである。(26頁)

 

 まさに、こうした態度が、「制度」を「考える」ことには必要なのではないでしょうか。

 

 

 ⇒その2に続きます。

*1:この本、なぜか版面が地側にすごく寄っている。

*2:死刑制度に関して,「死刑は廃止すべきである」,「死刑もやむを得ない」という意見があるが,どちらの意見に賛成か聞いたところ,「死刑は廃止すべきである」と答えた者の割合が9.7%,「死刑もやむを得ない」と答えた者の割合が80.3%となっている。出典:内閣府世論調査http://survey.gov-online.go.jp/h26/h26-houseido/2-2.html