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虫に鳥にも

読んだもの、見聞きしたものの記録に。

飯田高『法と社会科学をつなぐ』 その1 カスケード現象

法と社会科学をつなぐ

▲飯田高『法と社会科学をつなぐ』(有斐閣、2016年)

 

(1)目次構成

 

 ここで取り上げられている社会科学とは、経済学、心理学、社会学の領域です。目次構成は以下のようになっています。

 

第1章 個人の意思決定

 インセンティブ/意図せざる結果/限界効果/トレードオフ/効率性

第2章 複数の個人の意思決定

 均衡/囚人のジレンマ社会的ジレンマ公共財/スタグハントゲーム/調整問題

第3章 意思決定から社会現象へ

 外部性/ネットワーク/市場/コースの定理/カスケード現象

第4章 ルールを求める心

 社会規範/互酬性と道徳/公平性と社会的選好/評判/人間の心の進化

第5章 人間=社会的動物の心理

 認知バイアスフレーミングとアナロジー/感情/アイデンティティ/集団

終 章

 社会/社会科学

 

 ひとつの項目につき8頁程度でまとめてあり、例などを挙げてイメージしやすい内容になっています。社会科学の概念・理論が、どのように法と関連しているのか、そして、法制度に利用しうるのか。まだ実用的とまではいかない分野だとは思いますが、とても示唆的です。

 

(2)カスケード現象

 

 第3章「意思決定から社会現象へ」で言及される「カスケード現象」は、本書の中でもとくに興味深い内容でした。

 カスケードとは「階段状に連なる滝」のことで、カスケード現象というのは、「意見や行動が次々に感染していく」現象です。

 

 本書ではアメリカの陪審員制度を例にとって、このモデルが説明されています。例えば、陪審員AからDが「有罪」と表明したとき、無罪だと考えていた陪審員Eは自分の判断が誤っているのではないかと思えてきて、「有罪」の立場を取ります。さらにそのEの意見が、陪審員Fの立場にも影響を与えることが考えられます。このモデルでは、「人々は自分の保有する私的情報だけでなく他者の選択をも考慮して意思決定を行う」のです(本書145頁)。

 

 日本における裁判員制度は、できるだけ全員一致の評決を目指すものの、議論を尽くしてもそれがなされない場合には多数決となります。一方、アメリカの陪審員制度では原則として全員一致で評決しなければなりません。しかも、もともとは12人の陪審員で議論をしていたわけですから、簡単なことではありません。

 ところが、陪審員を6人に減らしたとしても、全員一致で評決しやすくなるわけではないそうです。その理由として、このカスケード現象が考えられます。つまり、人数が増えれば全員一致の確率は下がるわけですが、カスケード現象の発生によって全員一致の確率が引き上げられ、結果的に相殺されているのではないか、という考えです。人々の意思決定は、単純な確率の計算のようにはいかないという、面白いモデルだと思います。

 

 しかし、このカスケード現象は、正しい方向にも、誤った方向にも向かい得ます。「大した根拠もないのに人々の意見や行動が同一の方向になびいていく、ということもまたありうる」のです(本書147頁)。

 そういった意味では、次に引用する内容はとても興味深く、示唆に富んだ話ではないでしょうか。

 

 イザヤ・ベンダサン山本七平)は、著書『日本人とユダヤ人』の中で、ユダヤの国会兼最高裁判所であったサンヘドリンには「全員一致の審決は無効」という規定があった、と述べている(全員一致で死刑判決を出す場合に適用される規定らしい)。みんなの意見が一致するようなときには、何かおかしな力が作用しているおそれがある、ということを認識させてくれる点で有益な話だと言えよう。(147頁)*強調は引用者

 

 私たちは、すでに子どものときから、他の人と違う立場を取ることに恐れを抱いたり、正直であることに勇気を要したりします。日本社会の同調圧力、などと揶揄されたりもしますが、社会を形成して生活する、いわゆる社会的な動物である人間には、人種や文化を越えて、同調しようとする性質があるのかもしれません。上記に引用した内容は、そのことをあらかじめ踏まえた規定なのでしょう。

 

 

→その2に続きます。