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虫に鳥にも

読んだもの、見聞きしたものの記録に。

加賀乙彦『死刑囚の記録』 その2 一斉調査

死刑(読書記録) 精神・心理学(読書記録)

 

(2)死刑確定者

 

 著者は数多くのゼロ番囚に会ううちに、殺人犯にはいろいろな性格がいることに気づき、なかでも陽気でおしゃべりな人たちに関心をもちます。

 その陽気な人間が、実は不安を隠し持っている。とくに印象的な人物として、松川勝美という死刑確定者について書かれています。

 この松川という人物は、著者とのやりとりを見ると、その口ぶりが魅力的というか、ちょっと引き込まれるような表現をします。

 恐らく、著者の記憶に松川の存在が鮮明に刻まれたのは、以下の彼の言葉のためだろうと思います。

「先生、死刑の判決を下したら、すぐさま刑の執行をすべきなんだよ。それが一番人道的なんだよ。……たった一人の人間の決定で、ひとりの人間が殺されるのはおかしい。残虐じゃないか。とくによ、殺される者が犯罪のことなんか忘れた頃に、バタンコをやる。まるで理由のない殺人じゃねえか」

 松川勝美のこの言葉に、私は日本の死刑の最大の矛盾があると思う。(97頁)

 

 (3)エネルギー

 

 本書では、さまざまな性格のゼロ番囚がじつに生き生きと描かれているので、まるで小説を読んでいるかのように、著者とのやりとりを頭に思い浮かべることができます。その生き生きとした描写のなかに、囚人の観察にのめりこんでいく著者の姿が反射しているように思います。

 著者の好奇心の前に、さまざまな性格をもち、さまざまな症状を見せるゼロ番囚たち。その共通する点については、このような記述があります。

 ……今まで述べてきたゼロ番囚に共通する特徴は、生命力の強さ、生きるエネルギーの豊富さである。その過剰なエネルギーが爆発や自傷や被害妄想や無罪妄想など、人によってさまざまな変奏はとげるものの、根本においては認められる。(114頁)

 

(4)死刑囚と無期囚

 

▶一斉調査

 先の(1)で述べたように、著者は「ゼロ番被告、死刑確定者、無期受刑者の三種類の囚人の比較研究」を目標として、総合調査に乗り出します。東京拘置所に赴任し調査を志した1955年11月から、およそ2年をかけて、145名(無期受刑者51名、死刑確定者44名、重罪被告*150名)の調査が実行されました。

 東大精神医学部教室の先輩や同僚たちが援軍としてかけつけてくれた。総合調査の場合、すぐチーム作りができるのは、私の恩師吉益脩夫先生の門下生の美点であった。私自身も他の人びとの調査に何度も協力している。いわば、研究調査のための相互扶助システムができていたのである。(208-209頁)

 私は今も大学時代も人間関係が淡泊なので、深い付き合いは自分の性に合わないのだろうと割り切っていますが、一方で、こうした信頼と尊敬の上に成り立つ「相互扶助システム」に羨望を覚えます。

 協力することが自らの知見になり、協力してもらうことで自らの成果が実る。このような関係を築くには、互いに信頼と尊敬を獲得していることのほかに、自身の内にも向上心と能力的な自負がなければならないように思います。

 

拘禁ノイローゼ

 さて、以下は、本書に書かれている調査の数字をまとめた表です。

 

重罪被告50名

死刑確定者44名無期受刑者51名備考
拘禁ノイローゼ 50% 36% 41%  
爆発反応 8名 3名   憤怒、混乱、暴れる
レッケの昏迷 1名 4名 0名 動かない、茫然
ガンゼル症状群 4名 1名 0名 的はずれ応答と道化じみた仕草
犯罪の否認 12名 9名 5名 ときに無罪妄想
被害妄想 13名 12名 1名  
憂鬱 14名 14名 4名 気分の異常な落込み
躁病 14名 8名   躁鬱めまぐるしい
ノイローゼめいた症状 23名 23名 3名 不眠、めまい、食欲不振など

 

▶死刑囚と無期囚の差異

 重罪被告と死刑囚は、拘禁ノイローゼの発現の仕方が似ていること、そして、動きの多い反応、とりわけ反応性の躁状態*2が目立つことを著者は指摘しています。

 ところが無期囚は、もともとは死刑囚と同じく重罪被告であったにもかかわらず、死刑囚や重罪被告とは異なる特徴を備えています。

 重罪被告のうち、ある者は死刑囚に、ある者は無期囚になっていく……。死刑囚の拘禁ノイローゼは、今までのべてきたように、重罪被告のそれとよく似ている。……しかし、無期囚は重罪被告と全く異なった、動きのとぼしい、心身の不調を訴えたり抑鬱気分におちいったりする、言ってみれば鈍重で生彩を欠いた拘禁ノイローゼに陥っている。(215頁)

 著者曰く、無期囚と対峙していると「鈍感な子供を前にしているような感じ」だそうですが、これは「刑務所ぼけ」といわれる状態で、もともと重罪被告であった時代にはエネルギーを発散させていた囚人も、無期受刑者となって数年たつとおとなしくなり、十年が経過した頃には刑務所ぼけが完成するという……。無期囚の生活を想像してみると納得のいくような状態ではないでしょうか。

囚人たちの感情の起伏はせまく、何ごとに対しても無感動になる。ふつうの人間であったら耐えられぬような単調な生活に彼らが飽きないのは、実はこの感情麻痺があるからだといえる。(217頁)

 死刑囚と無期囚のあいだの、この大きな隔たりを、著者は「時間」に注目して考察しています。次回は死刑囚の時間、無期囚の時間、そして私たちの時間についての著者の考えを見ていきます。

 

⇒その3に続きます。

 

*1:将来死刑か無期かが確定されると予想される未決囚。

*2:周囲の影響を受けやすく、気分が目まぐるしく変わり、鬱状態に移行したりする。