虫に鳥にも

読んだもの、見聞きしたものの記録に。

釘原直樹『スケープゴーティング』 その4 分析と対処

 

(5)新聞記事の分析

 

 本書の前半は心理学的見地からの検討が中心でしたが、後半では新聞記事などのテキストデータを用いて、社会学的にアプローチしています。

 

▶事故歩道と感染症報道

 現実のスケープゴーティング現象として、

 に関する新聞報道記事の分析がなされています。

 

 脱線事故SARSO157口蹄疫
対象とした記事の数 3418 3302 2566 1691
情報量 発生後すぐに最大 感染の拡大に応じて増加 感染の拡大に応じて増加 感染の拡大に応じて増加
新聞記事のうち非難記事の割合 50.5% 14.3% 19.9%  
非難の集中と非難対象の変遷 ある ない ある ない
特 徴 組織の体質や関係者の不適切行動が非難 個人への非難が少ない 個人への非難が少ない 責任追及や避難は多くない

 (釘原編『スケープゴーティング』5・6章の内容をもとに作成)*5

 

 SARS口蹄疫では、スケープゴーティングは不明確で、捉えることができません。人為性の低い感染症報道ではスケープゴーティングは生じにくいと考えられます。O157については、ウイルス性の感染症よりも拡大が防ぎやすく、そのため被害が増大すると人為性が認知される、と解釈されています。

 

 さらに、事故報道の特徴にみられるように、不祥事に直接関わっているとはいえない人や集団に対する「道義的な非難」が、事件の中心から拡大していくことも指摘されています。東日本大震災において、道義的非難が関係者を越えて、一般の人びとにまで「不謹慎ブーム」として拡大したのもその一例です。

 

▶テキスト分析の課題と発展

 さて、ここでスケープゴーティングそのものの話から少しそれて、分析手法についても言及しておこうと思います。

 

 本書ではそれぞれ1600~3400程度の報道記事について分類・分析がなされています。そもそも事件に関連する記事を抽出するだけでも大変な作業ですが、ここからさらに、どのような内容の報道がなされているかを分類していかなければなりません。

 新聞記事もデーターベース化がすすんでいるので、大量のテキスト分析がしやすくなりつつある、というのは本当に良いことだなと思います。本書の分析では、記事を分類するにあたり、「人による分類」も、テキストマイニング・ソフトを用いた「機械による分類」も行われていますが、前者の場合は3~5人の分担で1年を要したそうです。

 

 もちろん、機械では単語を拾い上げることはできても、こまかい文脈まではよみとれないので、人が作業する利点はあります。

 

……「人による分類」の最大の特徴は、文脈理解能力や書き手の感情推測といった人の高度な能力を分類作業に取り入れることができる点であろう。(226頁)

 

 ……テキストマイニング・ソフトを用いた新聞記事の分析について……メリットとしては、作業の大幅な省力化が実現される。……一定のルールに基づいたカテゴリーをつくれば、機械的にそのカテゴリーに該当するか、非該当かが判断されるので、作業の信頼性は高い。さらに、カテゴリー基準を工夫することで、人による分類に基づく結果に、ある程度近い結果が得られる。

 デメリットとしては、文脈的な非難を抽出することが難しく、同時に、そうした非難の対象を取り出すことにも困難がある……。(230頁)

 

 ソフトの機能も年々向上しているので、あらかじめ機械にこまかい指示を設定しておくことも可能です。また、まずはざっくりしたところを機械で正確に分類し、そのなかから繊細な感情の判断は人間がおこなう、という融合的な使用も可能です。

 

 分析手法が洗練されていく流れには、テクノロジーの進化だけでなく、先行研究の積み重ねと模索による、知の進化を如実に感じます。学問における批判や批評は、よりよき手法、よりよき視点を求めるものであり、私は学問のそういうところが好きです。

 

(6)対  処

 

▶スケープゴーティングにどう向き合うか。それには、スケープゴーティングの要因それぞれについて考えなければなりません。スケープゴーティング現象に大きな影響力をもつマスメディアのあり方、そして、私たち自身の意識のあり方についてです。

  本書では、アメリカのメディア監視NGO「卓越したジャーナリズムのためのプロジェクト」が定義する、ジャーナリストのプロフェッショナルとしての原則が紹介されています。長いですがとってもカッコイイので引用します。

 

 そこでは、以下のような原則が挙げられている。「ジャーナリズムの責務は真実、市民に忠実、取材対象からの独立、独立して権力を監視、討議の場を提供する、重大な出来事を興味深く意味あるものにする、ニュースをわかりやすく偏らないものにする、良心に従う」などである。これらはすべて常識のように思えるが、この中に「公正」「バランス」「客観的」「中立」などのジャーナリズムを議論する際の常套句は使用されていないことが特徴的である。このような言葉は曖昧で正確に評価することができないとされた。それよりも「良心」の存在を意識することがジャーナリストの基本となることを訴えているのである。奥村*6は、日本でもこのような組織が設立されてしかるべきであると述べている。(221頁)

 

 ふわっとしたものではなく、硬質な、芯のある原則だと思います。この引用部分を読み返してみると、ジャーナリズムにおける「公正」「中立」という言葉が、いまや胡散臭いものとなってしまった――そんな世情にあることに気づかされます。(この原則の最初のほう、やけに韻を踏んでいますが、たまたまでしょうか、それとも原文もそうなっているのでしょうか。気になります。)

 

▶また、私たちの認識については、「批判的思考」の重要性が説かれています。批判的思考、それは、情報を受け取る際の自分の認知バイアスや、スケープゴーティングの発生につながる欲求不満や防衛機制のような無意識のメカニズムを、「意識化」することにつながります。

 この批判的思考についても、とても良い文言があるので、やはり長いですが引用します。

 

 批判的思考の要点としては、①自分の視点があくまでも1つの視点にすぎないことに気づくこと、②他者の視点に身をおいてそれを共感的に理解すること、③たとえ自分の考えを否定することになるとしても両者を同じ基準で判断すること、などが挙げられる。さらに道田*7は、批判的思考の態度として、自分の知識の限界に気づく「知的謙遜」、これまで考えなかったことを考えようとする「知的勇気」、他人を理解する「知的共感」、自分と相手を同じ基準で評価する「知的誠実」、自分を疑うという困難なことをあえて行う「知的忍耐」、自分の感情とは関係なしに評価を行う「知的正義感」、相手の言うことにも耳を傾ける「開かれた心」などが大事であると述べている。(222頁)

 

 も、もはやこれは君子の域では……? しかし、かくありたいものだと思います。かくあろうと努めること、その姿勢こそが意識化といえるのではないでしょうか。

 

 

(了)

 

*1:分析の概要は、事故発生後3ヵ月間(2005年4月26日~7月25日)の新聞3紙(朝日・毎日・読売)の朝刊および週刊誌4誌(新潮・文春・朝日・サンデー毎日)の記事から、「JR福知山線脱線事故」「JR」に関した記事を抽出し、その内容を「非難」「賞賛」そのどちらでもない「ニュートラル」に分類する、というもの。

*2: 分析方法は鉄道事故報道と同様。分析の対象は新聞3紙(朝日・毎日・読売)、期間は発生から3ヵ月(2003年3月14日~6月13日)。

*3:分析方法および分析対象の媒体はSARSに同じ。分析の対象となる期間は発生から3ヵ月(1996年6月7日~9月6日)。

*4:西日本新聞』朝刊・夕刊のデーターベースを用いて、宮崎県が口蹄疫の疑いを公表した2010年4月20日から、終息宣言を発表した日の4日後の8月31日までの記事を分析。口蹄疫の記事について高頻出のキーワードを抽出するテキストマイニングを行った。

*5:表をブログに載せるにあたり、「Excel to HTML」という無料のwebツールを使用しました。Excelで作った表をコピペするだけで事足りたので簡単・便利です。単純な表にしか使えませんが……。本当はスケープゴーティングを直感的に捉えることができる良い図もあったので載せたかったのですが、諦めました。

*6:奥村信幸「メディアを監視する社会的な必要――米国NGOの理念と方法論から学ぶ」『立命館産業社会論集』43巻4号(2008年)69-90頁。

*7:道田泰司「強い意味の批判的思考に関する覚書」『琉球大学教育学部紀要』66巻(2005年)75-91頁。