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虫に鳥にも

読んだもの、見聞きしたものの記録に。

釘原直樹編『スケープゴーティング』 その1 定義

社会学(読書記録)

スケープゴーティング--誰が,なぜ「やり玉」に挙げられるのか

 

 今回の本の感想はこちら、釘原直樹編『スケープゴーティング:誰が、なぜ「やり玉」に挙げられるのか』(有斐閣、2014年)です。

 表紙のかわいさに惹かれて手に取りました。

 いけにえのヤギでございます。めぇめぇ。

 

(1)定 義

 

▶導入部はもちろん「スケープゴート」「スケープゴーティング」とは何か、という定義づけから始まります。

 

 ここでは何らかのネガティブな事象が発生、あるいは発生が予見されている際に下記の現象が発生する場合、これをスケープゴーティングと定義することにする。

 ① 事態発生や拡大・悪化に関する因果関係・責任主体が不明確な段階で、それをある対象(場合によっては因果関係の枠外にある対象)に帰属したり、その対象を非難したりする。

 ② 責任帰属や非難が一定の集合的広がりをもって行われ、そのような認知や行為が共有化されるプロセスがある。

  そして、このスケープゴーティングにおいて、対象となるものをスケープゴートと呼ぶ。(4-5頁)

 

 ざっくりいうと、なにか事件や事故が起きたときに、まだ本当に悪いかどうかわからない(あるいはまったく悪くない)誰かのせいにする集合現象のことを「スケープゴーティング」といい、その不当なそしりを受ける誰か(個人や組織)のことを「スケープゴート」というのだ、と定義しています。

 

▶そもそもスケープゴートという言葉は、贖罪の日に行われるユダヤ人の儀式に由来します。旧約聖書の『レビ記』には以下のような記述があります日本聖書協会『聖書 新共同訳』2007年より引用)

 

 アロンは二匹の雄山羊についてくじを引き、一匹を主のもの、他の一匹をアザゼルのものと決める。アロンはくじで主のものに決まった雄山羊を贖罪の献げ物に用いる。くじでアザゼルのものに決まった雄山羊は、生きたまま主の御前に留めておき、贖いの儀式を行い、荒れ野のアザゼルのもとへ追いやるためのものとする。(旧約聖書レビ記』16.8-10)

 

 つまり、2頭のヤギのうち1頭を神のいけにえとし、もう1頭は人びとの罪をおっかぶせて荒野のアザゼル(堕天使)のもとへ追いやった、ということのようです。スケープゴート(scapegoat 贖罪の山羊)と英訳されたのは、人びとの罪を背負わされた後者のヤギのほうです。この故事のため、スケープゴートという言葉には「いけにえ」「身代わり」という意味合いが含まれます。

 ここでは、前述の定義からすると、「贖罪のヤギ」というよりは「いけにえのヤギ」というほうが、ニュアンスが近いように思われます。

 

 

 

⇒その2に続きます。